#02 ◆《掌編小説》夏祭り

きものの「基」「気」「喜」

”きものの「基」「気」「喜」”。着物にまつわるあれこれ。今回は気持ちの「気」をテーマに。

『一目ぼれしてしまう異性の格好』を男性に聞くと、浴衣や和服姿という意見が多いのだそう。しかも、初対面の人に対する一目ぼれというよりは、普段とは違う姿に驚いて一気に恋愛圏内に入るという一目ぼれのようです。
今回は、いつもとは違う着物姿を見たことで生まれる変化を、掌編小説という形でご紹介します。

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太陽は沈みかけているものの、日中ガンガンに照らされたアスファルトはまだ熱を持つ夏の夕暮れ。僕は一海の家の前にいた。
一海からメールが届いたのは3日前。「夏祭りにマナミのためのダブルデートを企画したから協力して!」という内容だった。
一海は僕の幼馴染みで、マナミは一海にとって一番の親友だ。その日は特に予定はないし、今は彼女もいない。誘いを断る理由なんてなかった。さっき届いたメールを見るまでは、少し楽しみにすら思っていた。
「18時にウチに迎えにきて!」
相談ナシ。ほぼ命令だ……。

一海は昔から変わらない。僕の両親は、僕が小学校に入るタイミングにあわせて家を建て、この町に引っ越してきた。2人の兄とは違って消極的な僕の面倒をみてくれたのは、リーダー的存在の一海だった。今はバレー部のキャプテンとしてその姐御肌を存分に発揮している。

小学校のころはよく一緒に遊んだ。内気な僕が新しい土地にスムーズに馴染めたのは、一海のおかげだろう。中学校に入ってからは(一緒にいると周りからからかわれることもあって)少し疎遠だったが、同じ高校に入学して同じクラスになったことから、再び会話するようになった。相変わらずの姐御肌だが、勉強は僕のほうが得意だから、勉強面では教える立場だ。子どものころはお世話になってばかりだったが、今は協力し合える対等な関係……と思いたい。夏休みの宿題も、テスト前の勉強も、あんなに助けてやっているのに! それでもしっかりした姉と頼りない弟のような関係は続いていた。

空はうっすらと色づいてきたというのに、一海はまだ出てこない。「上がって待っていて」というおばさんの誘いを断るんじゃなかった。まさかこんなに待たされるとは。すぐに出てくると思ったのに、もう30分以上経つじゃないか!
もう一度ピンポンしてやろう!とドアの前に立ったそのとき、カチャっと玄関のドアが開いた。

イライラで頭に血が上った僕の目の前に現れたのは、浴衣姿の一海だった。白地に青色の花をあしらった模様の浴衣に、黄色をアクセントに使った紺色の帯。体育会系の一海らしい甘すぎない浴衣姿に、僕は釘付けになってしまった。
「翔平、ごめーん。お母さんのせいだからね。久しぶりすぎて着付けに手間取っちゃったの!」
唇からこぼれる言葉はいつもどおりなのに、今日の一海は何もかもが違って見えた。少し伸びた髪を飾る耳の上の小さな髪飾りも、少し照れくさそうな笑顔も。

「マナミとの約束だから……浴衣。もうお母さんに任せておけないから、自分で着れるようになろうっと」

運動部のキャプテンらしい豪快さやガサツさはどこにもない、見たことのない一海と一緒に、僕は今歩いている。

履き慣れない下駄を気にしながらいつもより小さい歩幅で歩く一海が、ふと、僕のTシャツの裾をつかんだ。おろしたてと思われる真新しい下駄の隣には、ボロボロのサンダル。自分のいつもどおりの格好を、少し後悔した。

茜色の夕日が住み慣れた町の色合いを変えている。茜色の夕日が2人を照らし、2人の頬も淡い茜色に染めた。
来年も夏祭りに行こう。そのときは、一緒に浴衣を着ていこう。

Written by Rei Komachi

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